黒の日記

とにかくひどい

コタツ生活五日目。

 コタツに潜り込んでから五日が立つ。つまり大晦日からずっとコタツに籠城しているわけである。この五日間、必要最低限の動きしかしていないので体の動かし方を忘れかける。もうなんか全てがどうでもいいと思えてきた。風呂に入っていなくてたいそう不潔だがどうでもいい。書きかけの年賀状の束もどうでもいい。部屋中がゴミであふれているこの状況もどうでもよくなってきている。食欲すらも最早どうでもいいと感じ始める始末である。そろそろコタツから出ないと社会復帰は難しいと思われるが、やはりそれすらもどうでもよくなっていた。

 私はあいも変わらず屍のように横たわっていた。  

 三時間ほど経つ。

 体の異変に気付く。

 それは唐突に襲い来る物凄い尿意であった。

 もう半端ないのである。決壊寸前膀胱。すぐそこまで迫る来るコタツ内放尿を危惧し、コタツから脱出するために立ち上がろうとした私は戦慄した。下半身が動かない。どうやら長いコタツ生活の中で下半身の動かし方を忘れたようである。そんなことある?仕方ない。腕だけを使い、匍匐前進で行くしかない。試みるが体が重すぎてろくに進まない。まるで空を掴むような手応えである。考えてみりゃあそりゃあそうであった。私はこの五日間、スマホ画面をフリックする指先の極僅かな筋肉しか使ってなかった男である。おかげでいまや全身ふにゃふにゃだ。このままでは絶対漏らす。責任の所在はどこだ。無論私だった。私は五日間コタツにこもりっぱなしだった自分を恨めしくおもった。

 ていうか、なぜ五日間もコタツで過ごしてきたのに今更尿?コタツ生活を送るに当たって一番目に直面する問題じゃないの?今日まで尿どうしてたんだよ。我慢していたのか今まで。どんだけ強靭な膀胱してんの、ワタシ。そうじゃないならコタツ内に尿垂れ流し?尿 in the KOTATSU?こわ。しかも絶対滑ってるしこの突然の英語表記。英語覚えたての中学生のボケか。ていうかタイミング的にも展開的にも風呂敷広げすぎたコタツネタが収拾付かなくなったからって無理矢理にも終わらせようとしてるだろ筆者。丸見えだぞコンタンが。そもそもコタツに五日間もいるなんて普通フィクションだもの。考えらんないもう!

 思考しながらも私は前に進もうと懸命に腕を動かす。しかし衰弱した筋肉は床を優しく撫でるばかりでちっとも進まない。下半身は未だ動こうとはしない。ふつふつと沸き立つ焦燥。人間的尊厳返上の恐怖。吹き出す冷や汗。拭うことなく前へ。前へ。心臓よ疾く動け。動け。血液よ全身を巡れ。巡れ伴って加速する尿意。尿意。覚醒する大腿二頭筋。ギアを上げろ上腕二頭筋。腕を止めるな。臆せば死ぬぞ(社会的に)退いても死ぬぞ。(社会的に)真正面から戦え。目的地はすぐそこだ。尿意もすぐそこだ。尿意を振り切れ。ただ疾く。意識すら置き去りに。俺はこんなところで負けられな 

 

「あっ…」

 

 思わず声が出てしまった。なんだか変に開放感があり戸惑ってしまった。私は脱力した。

 …なんかもう全部どうでもよくなっちゃったなぁ。死のうかな。

 そういえば明日からふたたび出勤であるが、人間的尊厳を失った私にはとってすでにそれもどうでもよいことだった。

 久しぶりにまともに筋肉を使った疲労からか、眠気が襲って来る。視界が仄暗くなる。思考が鈍くなり、意識が遠のいていく。朧げになる世界の中で私は改めて決意した。

「もう一生コタツで暮らす」