黒の日記

とにかくひどい

2020. 7.26

 今日久々に就職活動をした。テレビに映る東京オリンピック2020で活躍する選手達をみて、就職に対する熱を取り戻したのである。がんばれ日本。

 

 家の近所にある鉄工所を見学させてもらった。散歩中、その会社の前を通りがかった時に「企業見学を実施しています」と書かれた大きなポスターを見たのが知るきっかけとなった。企業情報を見てみると、工業高校出身のスキルを活かせる職種であり、社員同士の距離が近くアットホームな職場だということだったので見学を志願した。決して家から近くて通勤が楽そうだからとか、小さい企業だから簡単に入社することができるだろうとか、防犯セキュリティが導入されていないために資材を簡単に盗むことができる環境だと思ったとかけっしてそういうわけではない。

 見学当日、クラシナさんという方が会社の案内をしてくれた。四十代くらいの男性で、ニコニコ顔を絶やさない人だった。

 会議室のようなところへ通され、簡単に会社概要を説明を聞いた後、早速クラシナさんの指示のもと、工場を見て回ることとなった。

 今日見る予定の工場は危険な機械や薬品が多くあるため、今僕がいる事務棟から15メートルほど離れたところに建っていた。その間を一本の廊下がつないでいるような造りになっている。クラシナさんとその廊下を通り、工場へ向かった。

 工場の中に入った時、色々な機械が所狭しと並んでいる光景にまず驚いた。圧巻の迫力だった。次に機械音が耳をつんざく。材料を削る音、何かを強い力で金属をプレスしたような轟音、大きな刃物が高速で回る駆動音に肝を抜かれた。そしてなにより作業員の仕事に向かう表情が印象的だった。機械一つ一つに作業員がついており、各々真剣な面持ちで加工材料と向かい合っている。場内は緊張感に包まれていた。ほんの少しでも衝撃を与えれば破裂してしまうような、そんな息苦しさを覚えた。

 プロフェッショナルな現場に驚愕していた僕を見てクラシナさんは「機械を扱う現場は常に危険と隣り合わせなのさ」と言った。その顔はとても自慢げである。

 周りを見渡してみると確かに彼のいう通り、危険がいっぱいあるようだった。床や壁には血液が飛び散ったような痕跡があった。もうかなり時間がたっているのか、血痕は黒く変色しており、固くこびりついていてしまっている。血の跡を辿って機械の裏や物陰を覗いてみると、大量の切断された指の先や耳などが隠すように集められていた。ハッとして従業員らの風貌に注目してみると、体のパーツが欠損しているような人が何人もいたことに気付いた。また、作業中に亡くなった方もいるみたいで、場内のいたるところに供花が添えられてたりした。

「どう? 色々見せたけど入社する気になりましたか?」

 クラシナさんは言った。

「もうすこし考えてみます」と僕は返した。

 建物内に鳴り響く機械音に混じって、かすかに悲鳴が聞こえた気がした。そのあとすぐにタンカに乗せられ運ばれていった人がいたので、別に勘違いではなかったとわかった。

 工場を後にし、事務棟へ戻ると就職試験の日程について軽く説明された。それからいくつかのパンフレットを渡されてその日は解散となった。