黒の日記

とにかくひどい

掃除機を買った

 そういえば、リサイクルショップで掃除機を買いました。元々使っていたものが壊れてしまったためです。

 最近はコンパクトなスティック型のコードレス掃除機が流行っているそうですが、昔ながらのものを選びました。吸引部とダストボックスが蛇腹のホースでつながっているあれです。コードをコンセントに繋がなければ動かない融通のきかない"ヤツ"です。
 黒を基調としたシンプルで飾り気のないデザインで非常に軽いのが特徴です。そういった点も購入を決めた要素としてありますが、1番の決め手となったのは2980円というリーズナブルな値段です。働いておらず、収入源のない僕にとっては願ってもない代物でした。

 とはいえリサイクルショップの安物です。機能性についてはあまり期待はしていなかったのですが、これがまた予想と反してものすごい吸引力でした。床に散らばってる埃や抜け毛はもちろん、少しデカめの虫も簡単に吸い込めます。しかし少々強すぎるきらいがあり、うっかりしていると床に置きっ放しだった文庫本や脱ぎ散らかした靴下までもが「ぽしゅっ」とすんなり吸い込まれてしまいます。なんの抵抗もなく埃同然のようにモノを吸い込むもんで、吸い込んだことに気づかないこともあります。掃除機をかけおわった部屋からはちらほら物がなくなることがしょっちゅうです。吸い込まれたものはそれほど愛着がないものだったからよかったものの、大事なものまで「ぽしゅっ」といかれてしまうかもしれないので今は目を皿のようにしてあたりを見回しながら慎重に扱っています。

 しかし良い買い物しました。買ってから結構使っているのですがどれだけゴミを吸い込んでも全然吸引力が落ちません。ダストボックスはまだ満杯にならないし、フィルターも替えていません。それなのにすこぶる好調で買った時より吸い込む勢いが強くなっているような気さえします。
「こんなに吸い込むなんていったいどんな仕組みをしているんだろう」
 ふと気になり、掃除機を分解して調べようとしました。すると、あることに気づきました。

 ゴミの取り出し口がない。

 普通、どこかしらに集塵機を取り外すための突起なり溝なりボタンなりがあるはずなのですが、見当たらないのです。ダストボックスは卵のようにつるんと丸い形状をしているだけでした。それによく見ると、分解するためのネジやビスなどが一つとしてありませんでした。
「これじゃあ、ゴミが取り出せないじゃないか」
 そういう使い捨て型の掃除機なのだろうかとも思いましたが、そんなもの聞いたこともありません。作ったメーカーに問い合わせしようとしましたが、掃除機のどこにもメーカーや型番などが記すものはなく頭を抱えました。唯一、手掛かりになりそうなのが、ダストボックスの横に付いているステンレス製のプレートでした。メーカー名が刻まれているかもと期待したのですが、奇妙なことにプレートの表面が何者かによってこそぎ落とされている形跡があり、有力な手掛かりにはなりそうになかったです。藁にもすがる思いで、掃除機の特徴を挙げて検索しようとしましたが、一切合致する情報はありませんでした。

 いろいろ右往左往したんですが、結局、「まあ使えるうちはまだ考えなくていいだろう」という結論で落ち着きました。どうせ安物で手に入れたものです。使えなくなったらまたリサイクルショップで買えばいい。壊れるまでこき使ってやろうじゃないか。
 難しいことを考えるのはやめて、家中を掃除しまくって綺麗にしてやろうと思いを新たにして立ち上がった瞬間、掃除機のコードに足を引っ掛けて転んでしまいました。その拍子に起動ボタンを押してしまったらしく掃除機は「ぶぅん」と音を立て、床に落ちていた文庫本を「ぽしゅ」と吸い込んでしまいました。
「やってしまった〜」と思いつつ、体勢を整えたとき
背後に強烈な違和感を覚えました。

 振り返ると、先ほどの転倒で、コンセントから掃除機のプラグが外れていました。
 それなのに素知らぬ顔で掃除機は吸引を続けていました。しばらく「ぶぅん」という音が部屋に響いてました。

 呆然と立ち尽くしていると、やがて、玄関扉が開く音がしました。
「ただいまぁ〜っと」
 気分の良さそうな声をあげて父が帰ってきた。酒に酔っているようで、おぼつかない足取りだった。慌てて荷物を持とうと出迎えると、父は靴も脱がずに家に上がり「邪魔だ」と僕を突き飛ばしてそのままリビングへ向かった。そのとき、反射的に父の背中へ持っていた掃除機の先を向けてしまった。

 ぽしゅ

 音がしたかと思うと、父はヘッドを通り、ホースを伝ってダストボックスの中へと吸い込まれていった。
 ぶぅん、と掃除機の音の音だけがしばらく鳴っていた。
 僕は怖くなってその日のうちに掃除機を山奥へ捨ててしまった。